デス・オーバチュア
第158話「余剰剣劇」




「はいはい、さっさと帰ろうね」
「急かすな、ルーファス! まだ捜さなければならない者が……」
「もう今回は休みたいんだよ。それに、早く帰らないと、ファージアスの馬鹿より質の悪いトカゲが出てきそうだからな……」
「トカゲ?」
ルーファスはとにかく早くこの場から去りたくて仕方がないようだった。
「ねえねえ、屋敷に帰ったら、プール作っていい? プールプール! できれば温水プールがいいな〜」
「…………」
お気楽な感じのアズラインと、どこか気まずそうなランチェスタが、タナトス達の後に続く。
「結局、私は何しに来たんだか……まあいい、さっさと帰って寝なおすか……」
大きな欠伸を上げるリーヴは、今にも立ったまま眠ってしまいそうだった。
「リーヴ様、ルーファス様に新しい人形をお見せするのではなかったのですか?」
「ふぁ……ああ、そうだったな。待て、ルーファス、うちの店に寄って……くーっ」
「リーヴ様!? ああ、こんな所で寝ないでください、リーヴ様〜っ!」
リーヴは立ったままどころか、歩いたまま器用に眠っている。
「あ、待って、ルー!……ん?……何か?……誰か? 忘れているような気がするのよね……」
スッキリしないなといった表情で、フィノーラもタナトス達の後を追っていった。
「それにしても、この深紅のメイド服を譲ってもらって以来よね。元気してた?」
「元気なの……どうせいらない物……色だったの……起こしてもらったほんのお礼なの……」
昔馴染みらしいネメシスとスカーレットが楽しげに談笑している。
「……おい、置いていくぞ、ネメシス」
「あ、待ってよ、旦那〜。せっかく旧友と再会したんだから少しぐらい……」
「……先生……少しネメシスと話があるから、別行動するの……」
「はいはい、行ってらっしゃい。別に無理にわたしの所に戻ってこなくてもいいわよ〜」
そして、最後までここに残ったのは、ゼノンとメディアと倒れ伏しているセイルロットだけになった。
アニスやセルやミッドナイトなどもいつの間にか姿を消している。
「さて、一応医者としての役目……て、聞きしに勝る医者いらずな体をしているのね、勇者って……」
メディアは倒れているセイルロットを一目見ただけで呆れたような表情を浮かべた。
「……おい、そろそろ出てきたらどうだ?」
唐突に、ゼノンが呟く。
「えっ?」
メディアが間の抜けた声を上げた。
メディアには自分達以外の気配など感じられなかったのである。
にもかかわらず、その人物は最初からそこに居たかのように佇んでいた。
「フッ、流石は剣の魔王だ。完璧に気配は消したつもりだったのだがな……」
赤シャツに、黒ズボンと黒いコート、黒い帽子と黒眼鏡(サングラス)をした男。
「力の波動を消すよりも先に、闘志と殺気を完全に消せ……さしずめ『剣気』が消しきれていなかったぞ……」
「……なるほど、俺もまだまだ未熟だな。剣士と名乗るも烏滸がましい俺だが、最強の剣士であるお前と殺り合ってみたいという想いは消しきれていなかったようだ……」
男は、黒眼鏡を外し、血のように赤い瞳を露わにした。
「……人間、名乗ってみろ」
「ギルボーニ・ラン、人は俺を神殺しと呼ぶ……一手お相手願えるか、剣の魔王?」
男、ギルボーニ・ランは勢いよく腰を屈めると、左腰に差した極東刀の柄に右手を添える。
「……そうだな、半端に力を残すよりも、完全に使い切った方が今夜はグッスリと眠れるだろう……医者、刀を貸せ……」
「えっ? 別にいいけど……これ神銀鋼製よ?」
「構わない、よこせ」
「じゃあ、はい」
メディアは白衣の懐から斬奸刀『砌』を取り出すと、ゼノンに向けて放った。
ゼノンは背後から回転しながら迫る長尺刀を、振り返りもせずに、右手で受け取ると、そのまま一息で抜刀する。
ゼノンの右手から何かが焦げる嫌な音と臭いと共に白煙が立ち上った。
「なるほど、見事な全神銀鋼製だ……さあ、来るが良い、オレの手が焼け落ちる前にな……」
ゼノンは砌を持った右手をギルボーニ・ランの方に突きつける。
「刀を操る際の微妙な感覚を感じられるように、あえて手を闘気でコーティングせずに己にとっての猛毒を素手で握るか……流石だ」
言い終わった瞬間、ギルボーニ・ランの姿はゼノンの目前に移動完了していた。
ギルボーニ・ランはそのまま迷わず抜刀する。
爆音に等しい轟音が響いた。
ギルボーニ・ランとゼノンの姿が互いに数歩後退している。
「ふん、一度の交錯でこれか……無銘とはいえかなりの業物なのだが……所詮はただの刀か……」
ギルボーニ・ランは極東刀の刃に左手の指を這わせていた。
指の這う刃の部分には一際目立つ深い切り込みが刻まれている。
「神銀鋼だ、魔黒金だといった特別な金属で作られた武具の前ではただの棒切れに過ぎんか……まして、使い手が使い手だ……」
ギルボーニ・ランは、極東刀の刃を横にして、片手の平刺突(ひらづき)の構えをとった。
「劣る武具で勝てるなどと自惚れてはいないっ!」
そのまま、爆発的な勢いで、ゼノンに飛びかかる。
ゼノンはすり足で僅かに横に体をズラし、突きを回避しようとした。
「逃さん!」
ギルボーニ・ランは、左手で極東刀の峰を押し出すようにして、通過しようとしてたゼノンの胴体を薙ぎ払おうとする。
ゼノンは右手に持った砌を瞬時に操り、その一撃を受け止めた。
攻めたギルボーニ・ランの方の極東刀が折れ……いや、切り裂かれる。
「捕った!」
ギルボーニ・ランは、極東刀の刃に添えていた左手で、指が切り落ちるかもしれない危険など欠片も気にせずに砌の刃を強く握りしめた。
同時に、半ばから刃を切り落とされた極東刀を握っていたはずの右手に代わりに拳銃が握られている。
「お前……」
「悪いが俺は剣士じゃないんでね」
ギルボーニ・ランは迷うことなく、拳銃をゼノンの顔面に向けて連続で発砲した。
十三回、アッという間に全弾が撃ち尽くされる。
「おいおい……それはないだろう……」
ギルボーニ・ランはあまりのことに呆れたように呟いた。
ゼノンの顔面は吹き飛んではいない。
ゼノンが、顔面の前で握っていた左拳を開くと、十三発の弾丸が地に落ちていった。
ギルボーニ・ランは呆れたような表情のまま薄笑う。
「殆ど零距離での全弾発砲を全て素手で掴む取る? そういうのは剣士じゃなくて拳士の領分じゃないのか?」
「ふっ!」
ギルボーニ・ランが砌を掴んでいた左手を離し後方に飛び退くのと、ゼノンが砌を持った右手を引き戻すのはまったくの同時だった。
ギルボーニ・ランが指を離すのがコンマ数秒でも遅かったら、彼の指は切り落とされていただろう。
「フッ、怖い怖い」
ギルボーニ・ランは瞬時に、拳銃の弾倉を交換すると、ゼノンに向けて発砲した。
銃声は一つ、けれど弾丸は六発撃ちだされている。
「ふん」
ゼノンは砌の一振りで巻き起こした剣風で、全ての弾丸をあっさりと吹き飛ばした。
「剣風一閃か……まあ、そうだろうな」
ギルボーニ・ランは拳銃を右腰のフォルダに戻す。
「一応、ただの弾丸ではなく、対神族用の特種弾丸だが……魔族のお前に対しては何のアドバンテージもないか……」
「それは無駄撃ちをしたものだな……希少な物だろうに……」
「まあな、一発でも、お前に斬られた極東刀数本分の価値がある……」
ギルボーニ・ランは皮ベルトに差されたままだった極東刀の鞘を左逆手で一気に引き抜くと、そのままゼノンに投げつけた。
当然、ゼノンは余裕で、飛来してきた鞘を斬り捨てる。
「何の冗談……だ?」
ゼノンは少しだけ驚いた表情を浮かべた。
ギルボーニ・ランの周囲の空間に、無数の極東刀が『生えている』のである。
「さて、もう少しつき合ってもらおうか?」
ギルボーニ・ランは両手でそれぞれ、近場に生えている極東刀の柄を握りしめた。



全神銀鋼製の長尺刀である砌の前に、ギルボーニの極東刀は基本的に二太刀、多くて四太刀程で破壊されてしまう。
だが、ギルボーニ・ランは折られては、空間から新たな極東刀を抜刀し、休むことなくゼノンに斬りつけ続けていた。
「そろそろ右手がきついんじゃないのか? 俺の刀が尽きるのと、お前の右手が腐り落ちるのと、どっちが早いかな?」
ギルボーニ・ランが右手の刀を振り上げると、剣風が刃のごとく撃ちだされゼノンに襲いかかる。
ゼノンはその剣風の刃を、自らの剣が巻き起こす爆流のごとき剣風で掻き消した。
「ふん、力では到底敵わんな……」
ギルボーニ・ランは二刀で自分の前面の空間を乱れ斬りする。
直後、無数の剣風の刃が一斉にゼノンに向かって解き放たれた。
「小賢しい!」
ゼノンは砌を両手で持ち直すと、上段から一気に振り下ろす。
爆発的な剣風が巻き起こり、ギルボーニ・ランの放った無数の鋭利な剣風を一瞬で全て消し飛ばした。
「そう、小賢しいのが人間というものだ」
ギルボーニ・ランの姿はいつの間にかゼノンの視界から消えている。
「微弱な力しか持たぬ人の身で、いかに強大な力を持つ神や魔を倒すか……そんなことばかり考えているのが人間という矮小な生き物だっ!」
左背後から凄まじい爆音と爆風が発生した。
「その技はもう見切っている」
捨て身に等しき、爆発的な勢いでの飛び込みの平刺突。
例えかわされても、瞬時に薙ぎ払いに変化することが可能な洗練された必殺の突き、それを再び放ってきたに違いないとゼノンは確信していた。
最小限の動きで回避すれば、薙ぎ払いで追撃される、下手に受ければ、再び刀を掴まれるかもしれない。
ならば、正面から全力で打ち落とせばいい……それがゼノンの結論だった。
圧倒的な威力で、洗練された技術を凌駕する。
かってサウザンドの二百万の斬撃を一太刀で吹き飛ばしたように……手数の速さや技術を追求するのではなく、ただ一太刀の速さと威力を追求するのがゼノンの剣術だった。
突進してくるギルボーニ・ランというボールをバットでかっ飛ばすかのように、ゼノンは斜め上段に振りかぶった砌を一気に振り下ろす。
ジャスト-ミート、突進してきていた『極東刀』を一撃で粉々に粉砕した。
「刀だけ?」
「終わりだ!」
爆音と共に声は頭上から。
何もない空を『蹴った』かのように、自由落下とは桁違いの凄まじい速度でギルボーニ・ランは降下しながら突きを放った。
「くっ! 」
ゼノンは、勢い余って大地に切り込まれていた砌を、迷わず手放し、バックステップする。
ゼノンを掠めるようにして、ギルボーニ・ランは地上に隕石のように激突した。



狭く深いクレーターの中心に、極東刀が唾まで深々と突き刺さっていた。
ゼノンとギルボーニ・ランはクレーターを間に挟んで向き合っている。
ゼノンの漆黒の制服の前面は無惨に剥ぎ取られ、ささやかな胸が露わになっていた。
「別にサラシとか巻いてたわけではなく、元から小さ……可愛らしい胸だったわけか」
「…………」
ゼノンは無言のまま両手で持った砌を上段に振り上げる。
彼女の目つきが普段にもまして鋭くなっている……彼女が静かに怒っていることに、ギルボーニ・ランは気づいていなかった。
怒りの理由が、胸を見られたことか、胸のサイズを指摘されたことか、どちらなのかはゼノンにしか解らない。
「さて、あの刀はもう抜けそうにないし、こっちの刀は残り一本だ……」
ギルボーニ・ランは自分の真横の空間から生えている最後の極東刀を左手で抜刀した。
そして、左手での片手平刺突の構えをとる。
「最後は利き腕で全力でいかせて……」
「笑倣皇虎(しょうほうこうこ)!」
「なぁっ!?」
ゼノンが砌を振り下ろした瞬間、巨大な漆黒の虎が解き放たれ、ギルボーニ・ランを一呑みにし、地平の彼方へと消えていった。
「…………」
ゼノンはしばらく、ギルボーニ・ランが消えていった地平を無言で見つめていたが、やがて気持ちを落ち着かせるように大きく息を吐く。
その後、大地に転がっていた鞘を見つけると、砌をゆっくりと鞘へと収めた。
「世話になった……礼を言う」
ゼノンは鞘に収めた砌を、持ち主であるメディアに投げ渡す。
「どういたしまして。それより、なんで今みたいな大技でさっさと決着を付けなかったの?」
メディアは受け取った砌を白衣の内側にしまいながら尋ねた。
「どうせまともに当たらない……それに、撃つための間……隙など見せない……」
ゼノンは、焼け爛れた自分の両手の掌を見つめながら、どうでもよさそうに答える。
「えっ?」
「さっきはオレを傷つけて調子に乗っていたのか、満足してそろそろ終わりにするつもりだったのか……初めて隙があった……それに、オレが笑倣皇虎(遠距離光線技)のような技を使うとは予想外だったのか……とにかく、当たったのは偶然のようなものだ……」
「えっと……それっていろいろと言っているけど、要は胸のことでカチンときて、普通に撃っても当たらないと思っていたから今まで使わなかった技を、つい感情のままにぶっ放したら、偶然当たった……てことかしら?」
「……そうとも言う……かもしれない……こともない……」
ゼノンはプイッと横を向きながら答えた。
「どっちよ!?」
「……帰る」
ゼノンはメディアに背中を向けると、さっさと歩き出す。
「あ、ちょっと待ちなさいよ。そんな格好で……白衣貸してあげるから着ていきなさいよ」
メディアはいまだに気絶したままのセイルロットはほったらかしで、ゼノンの後を追いかけた。





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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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